駅ビルで中華惣菜を売っている。
時給は1000円で、客層は主婦が多い。
震える手で財布から小銭をゆっくりと出すおばあちゃんや、ランチタイムには肉まん1つでお昼を済まそうとするOLが来る。
耳が遠くて店員が何度言ってもお会計の値段を聞き取ってくれない人や、駅ビル全体で利用しているポイントカードの仕組みを理解していない人、駐車券の利用方法が分かっていない人や、幼稚園生くらいの子どもの手を引きながらもう片方の手で赤子を抱っこしている若いお母さんもいる。
もともと老人嫌いを直すために始めたアルバイトだった。
老人が嫌い。
電車で真っ先に優先席に向かって走りこむ老人、座れなかったからって若い人に「譲りなさいよ」という態度を出しまくる老人、歩くのが遅くて後ろがつっかえたり、耳が遠いからといって大声で話して周りの迷惑に気づかない老人。そういう人を相手にするアルバイトがしたくて、今のバイト先の面接を受けた。
大学2年生のときに塾やバレエ教室で講師として働いていたのは子ども嫌いを直すためだった。
うるさい子どもが嫌い、それを注意しない親も嫌い、うるさい子どもに恨めしげに視線を送るサラリーマンも心が狭いと思う。
そういう思いを抱えながらも塾で働いていたときは本当に子どもの奔放な態度に面食らいながらも愛情を浴びて日々進化していく子どものことが少しずつ好きになって、辞める日には子どもとの別れが惜しくて、「なんでせんせいやめちゃうの?ほんとうにもうこないの?」と背中にのしかかってくる女の子の体温を感じながら、「また遊びにくるね、絶対」と指きりを切りながら、女の子のまっすぐな目線から逃げた。
仕事として、店員として接すれば、塾講師のアルバイトで子どもが好きになれたように、老人のことも好きになれるかもしれない、嫌いじゃなくなるかもしれないと思った。
ちょうど今のお店で働き始めて1年が経とうとしている。
いろいろなことがあった。
本日のバイト、おばあちゃまがいらしてお会計してるときに「それにしても今日は空いてるわね あたしそれが嬉しくって買っちゃった あなたには悪いけど アハハ」って言ってくれたのが嬉しかった お店の売り上げが芳しくないというよりはあなたが暇そうにしてるのに悪いわね、という感じだった
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月25日
バイト先、チビが親の代わりに注文してくるときが結構あって 「にくまん3まいください!」ってもう数え方間違ってるし お店のカウンターの高さが高くて声の主が見えないし 背伸びして声の主を見下ろしたらすごい緊張したら面持ちでもう一回「にくまん3まいください!」って言ってくるし可愛い
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月26日
バイト先、お客さんはお釣りをもらったら満足して帰ろうとすることがたびたびあるので「こちらお品ものです!」って声かけするんだけどそのときにお客さんが照れたみたいに笑うのを見るのが好き
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月26日
「これとあれだったらお姉さんどっちがオススメ?」「こっちのほうが甘くて飽きない味ですよ」って言ったら私が勧める通りの商品を買ってくれて見ず知らずのただの学生バイト店員に信頼してくれるなんて嬉しいな〜ってなった
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年8月9日
今日バイトしてたら白髪のきれいなおばあさまのお会計してたら 「ん」って財布に入っていたたくさんの小銭を手のひらに乗せて差し出してきて 「(この小銭の中から必要金額をとってくれ)」という意味合いであったんだけど それがあまりに可愛い仕草だったので惚れてしまった
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年8月9日
バイトしてたら社員に「このまえ気遣ってくれてありがとね」って言われたり大学の話したり、ケバいお客さんに「これほんと美味しいわよ〜今日はお得ね ありがとね」って言われたり、ハエにびっくりしすぎて後輩と爆笑したり、いつもの常連さんたちとたくさん会えて嬉しかった
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年9月24日
常連さんの顔を覚えて、この人はいつもどんな買い方をするか覚えていると喜んでくれる。迅速なレジ会計よりも、人間相手だからこそ自分のことを覚えててくれているというのが嬉しいみたいだった。
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今日は、バイト先にくる老人の話がしたいんじゃなくて。
お店でよくシュウマイの試食を出している。シュウマイを半分に切って楊枝に指してあたたかいものを出している。それを食べて買ってくれる人ならいいけど、何個も食べて逃げるようにして帰る人を見るとつい舌打ちしたくなる。そんな罪悪感丸出しの顔をして早足で逃げるんじゃねえ、と思う。卑怯だ。店員はお店に閉じ込められているから、そういう人を走って追いかけて襟首つかんで「ねえ、何個も食べたんだから買っていってくださいよ!」と叫ぶこともできない。
いつも、試食を食べて買わないで帰っていく人の中に、10代か20代の女の子がいる。大抵の試食泥棒はおじさんが多いのに。
よく観察していると、その女の子はどうやら障害を持っていて、ヘルパーと一緒に歩いていて、話し方がすこし変わっている。いつもお店の前に来ると走って試食コーナーに来て、ひとつかふたつ食べて、帰る。
あるときその様子を見たヘルパーが「買わないんだから食べちゃダメ!」と女の子を叱り、それでも女の子は何か呻きながらも試食に手を伸ばしていた。手をつかまれ連行されるようにしてお店をあとにした彼女を見て、「あの子はヘルパーの目を盗んでまた来るだろうな」と思った。
今日お店に来た女の子はヘルパーが通せんぼをするように試食コーナーを背中で隠し、断固として食べさせないようにしていた。店員としては「どうぞ」の一言も言えたらいいのだけれど、他のお客さんがいっぱいいて対応しきれなかった。
目線だけで彼女を追うと、このまえのようにヘルパーに手をつかまれとぼとぼと歩いていった。食べたかっただろうな、とシュンとした背中がなんとも切なくて仕方なかった。
30分後くらいに、ヘルパーを連れず女の子がひとりでやってきた。
「どうぞ」と言うとニコニコしながらシュウマイを食べた。
「…あの」
ゴニョゴニョと聞き取れない言葉で話しかけてきた女の子にびっくりして、小学生のときクラスにいた障害者が訳わかんないことを話してむちゃくちゃにイライラしたことを思い出して、なんとか「なんですか?」と聞き返したら、
「あの、今度、親といっしょにまた来てもいいですか?」とハッキリとした口調で、女の子が言った。
泣くかと思った。
普段、女の子は親と一緒にお店には来ていない。学校か、何か施設の帰りにヘルパーに付き添われてお店を通り過ぎる。これから夜ご飯を食べるのだろうか、帰り道にはあまりに誘惑が多すぎる。
家で親が待っていて、夜ご飯を一緒に食べる。親が玄関先でヘルパーに「今日もありがとうございました」と言っている。ヘルパーが今日の彼女の様子を伝える。受けた授業のこと、クラスでどういうことがあったか、明日の連絡。
そういうことを想像してたら、彼女がまたお店に来るのが待ち遠しくなった。親と一緒に来て、いつか夜ご飯で彼女が好きなシュウマイを食べられたらいいなと思った。