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【ネタバレ有り】『怒り』で描かれなかったシーンを考える・後悔と葛藤について

李相日監督の『怒り』を観た。2時間22分と大変長い上映時間の作品で、原作は吉田修一の同名小説、読売新聞の朝刊で連載されていた。
主要キャストは渡辺謙をはじめとした誰もが知ってる俳優ばかり。音楽は坂本龍一

観たあと第一声「つかれた」と思った。
キャストもストーリーも音楽も脚本も演出も重いな、という印象だった。
指の皮膚をつねっていないとまともに観ていられないようなシーンもあった。
それぞれの人間の感情を次々に見せつけられては自分の感情の処理にまで手がつけられないような感覚だった。
映画を観てから3日ほど経ち、iPhoneのメモに殴り書きした感想があったことを思い出したのでここにアップしておく。
原作未読なので、あくまで映画自体の感想と、描かれたシーンと描かれなかったシーンとか、①食事②セックス③睡眠④生活の観点について東京・千葉・沖縄に分けて記す。

  1. 東京
    東京組は直人(綾野剛)と優馬(妻夫木聡)とお母さん(原日出子)と最後に少しだけ薫(高畑充希)が出演。ほぼ直人と優馬の2人のみでストーリーが描かれていた。

    ・食事
    役作りとして綾野剛妻夫木聡は一緒の部屋に泊まって生活してたらしいし、一緒の物を見る、同じ景色を見ることを強調して、向かい合って話したり抱きしめあったりというのはなかったように思う。何かのインタビューで妻夫木聡が「剛の横顔ばっかり見てた」というような話をしていて、確かに見つ めあったり互いの顔をちゃんと見て会話をしているシーンは少ないように見えた。直人がコンビニで買い物をするシーンや部屋で果物を切るシーンはあれど、部 屋で食事をしているシーンはなかった。ゲイクラブで無理やりセックスをしたあとラーメン屋に行っていたけれども、それも横並びで座っていた。沖縄組の3人は居酒屋でテーブル囲んでいたよね。千葉組は2人でお弁当。
    向かい合っていたところでぱっと思いつくのは「何か言えよ」「何かって?」「何でもいいから」「…信じてくれてありがとう」のところ。
    あそこでめちゃくちゃに号泣してしまって一緒に行った人から「コンタクトずれた?大丈夫?」「あのシーン泣くところだった?」とか言われたりしたけど、(元腐女子だった)私としてはあんなの、あんな台詞告白でしかないし愛でしかなかった。勘弁してくれ。


    ・セックス
    ゲイクラブの奥まったところで優馬が半ば無理やり直人のことを抱き、バックで思い切り突き上げてたシーン。挿入前にしっかりコンドームをつけていたのは性病感染予防なのかなと思った。
    嫌がるくせにパンツ一丁で体育座りしている直人は一体なんなんだ…。ヤられに来ているようなものだし、行くところがないにしても他に行くところあるでしょうがというツッコミが喉元まで出かかったけれど、この一連のいきさつについては原作では描かれているのでしょうか。
    あとクラブの奥まったところにはセックスできるスペースが設けられているものなんですか?私が行ったことのあるカップル喫茶に雰囲気というか照明の感じとか枕の薄さとかコンドームが置かれているケースとかがそっくりすぎてびっくりした…。そういえば2人はキスしてたっけ。


    ・睡眠
    2人が一緒に寝てるシーンってあったかなあ、と考えて記憶が衰退しているのかちょっと思い出せない。千葉組が寄り添って眠っているところや沖縄の泉ちゃんが泣きはらしたあと眠ってしまって目が覚める、というシーンは覚えているけれど…。直人が部屋を出ていったあと優馬が憔悴しきった顔で直人に何度も何度も電話をかけていたのはすごく覚えている。2人で寝たであろうベッドに今は1人。寂しさで大きめのベッドを持て余していたなあと思う。


    ・生活
    優馬の仕事場の人たちは1人も出てこなかった。友達はいたし仕事関係で電話をしたりスーツ姿で出歩いてもいたけれど、仕事終わりにお見舞いに来たとか、仕事終わりにクラブに来たとか、そういう感じでどんな働きぶりだったのかというのは分からないけど、独身男性サラリーマンがあんな小洒落た部屋に住める、その財力があるということは結構稼いでいるんだなと思った。ああいう財力のある独身男性が部屋でワイシャツを洗濯したりアイロンかけたりするのを想像するとそれだけで胸が高鳴るけど、なんだかあの部屋はちょっと生活感がなさすぎた。整頓されすぎていたような気がする。気が休まらないような気がする。ただ、直人がそばにいてくれた時間だけは安心するし、癒されるし、のんびりできたのだろうと思う。親のお見舞いに行ったり、クラブに遊びに行ったりしている時点であんまり自分の家に執着をしていないというか、家より外にいるほうが好きなタイプだろうに、直人がコンビニで買った弁当が斜めっちゃって直そう直そうとしているシーンで、緊張の糸が切れたみたいに笑って「好きなだけ(弁当の角度)直せよ」って言ってた。愛ですね。
    余談だけど、直人が行ってたコンビニ、商品の数はそんなに多くないのにキッチリ並んでたのあれすごく気持ち悪かった。おにぎりとおにぎりの間のスペースがキッチリ均等で、「丁寧に並べました」感がめちゃくちゃ出てた。

    優馬の後悔は、今の生活とか仕事とかセクシャルマイノリティである自分とかほかにも色々、大事な物が多すぎるせいで直人を信じてやれなかったこと。女の人とお茶をしているからといって浮気だと疑ったり、警察からの電話に「知りません」と言ったり、直人の私物を処分して自分の身を守ろうとしたり、結局自分を大事にしたために直人を繋ぎとめてやれなかったこと。直人といると安心するみたいなことを言っておきながら、その安心を自ら手放した優馬。

    一方で直人は、優馬に対して自分が施設育ちだということや病気があることを言わなかった、言えなかったこと。そんなこと知ったらきっと嫌われる、引かれてしまうという恐怖心に打ち勝てなかったこととかかなあ。


  2. 千葉
    千葉組はお父ちゃん(渡辺謙)と愛子(宮崎あおい)と田代(松山ケンイチ)、ときどき池脇千鶴。どうして愛子が水商売をやっていたのかその理由についてもっと知れたら愛子に感情移入できたのかもしれないけど、個人的にどうしても千葉組はハマれなかった。田代くん、人見知りかと思いきや喋りかければ思いのほか結構喋る。お弁当食べてるシーンが可愛い。


    ・食事
    食事については言わずもがな、愛子と田代のお弁当でのやりとり。父親のお弁当を作るのと一緒に田代くんの分のお弁当も作ってあげようか、と話を持ちかけるあたりがうまいというかなんというか。
    体力仕事だからこそ食べないとやってられないだろうし、逆に言えば愛子お手製のお弁当のためならハードな仕事も頑張ろうと思えるだろうし。


    ・セックス ・睡眠
    冒頭、車に乗せられた愛子と土砂降りの中自転車を漕ぐ田代くんが遭遇するシーン、愛子が父親に連れ戻されたように、自分も借金取りに見つけられ地獄に連れ戻されたらどうしようと思っていたら…というのを、2人の事後のシーンで考えてた。父親名義ではあるけど同棲生活をスタートさせ今は落ち着いて寝ていられるけれども、そのうち…という。

    私は食事とセックスは地続きだと思っていて、それは福田里香さんというお菓子研究家が中村明日美子にインタビューをしたときに「関係が落ち着いたときにお茶をする」という話をしていたことがきっかけなんだけれども、セックス後にお茶をしたり、食事をしたあとにセックスをしたりと、どちらも円滑に進んだからこそ垣間見れる登場人物の生活感という話で、そういった意味では東京組より千葉組のほうが非常に生活感は感じた。


    ・生活
    東京の優馬の働きぶりが描かれない一方で、千葉での田代や父親の働く描写はかなり描かれていたように思う。うわさもすぐに広まってしまうような小さい町で働く人々。ネットもそこまで使わない生活、優馬がネットで犯人の写真を見ていた一方で、愛子は掲示板を見ている。化粧もせず、財布も携帯も持たずコンビニがあるわけでもなく移動手段は車。田舎。

    明日香(池脇千鶴)から後々指摘されていたけれど、父親が「愛子は幸せになれないとでも思ってる」というのは、完全に愛子に伝わっていたし、それで幸せになることを放棄して、自分のことを自分で変わってると言っちゃうような、そういう女の子が田舎で生きるというのはきっと苦しいし、どうやったって家族や町の人からの監視がある生きづらさは計り知れないと思う。

    「どうして外で食べてるの?」と愛子が田代に話しかけるシーンは、「どうしてみんなと一緒じゃなくて一人でいても平気なの?」と言っているように聞こえたし、他人の群れることが前提の社会じゃ、どんなに変わりたいと思っても変われなくて、だから都会に飛び出してしまったほうがいっそ気楽だろうなとも思う。

    田代が人に群れない気質で、愛子は田代のそういうところが好きで、田代と一緒にいれば自分も何か変われるかもしれないし幸せになれるかもしれないし、田代くんみたいにちょっと暗くて素性の知れない人ならお父ちゃんも納得してくれるかもしれない、「愛子は人とは違うから普通の幸せは得られないかもしれないけれど、田代となら」と。結局田舎は女は結婚したら出産をして家事をやるべき、という普通を押し付けられる社会なんだろうな、つらいなと思った。

    愛子は幸せになることを諦めていること、それがゆえに好きな人のことを守れなかったこと、結果的に田代を連れ戻せるとはいえ、人の声に惑わされて疑ってしまったこと、が後悔というか罪なのかなと思った。愛子はとても周りに左右されやすい人だから、田代みたいにちょっと浮くけど動じないような人が合うのかな。

    父親に関してはもう特に言うことはないというか、娘を信じてやれよ、としか思えない。子離れしてほしい。親が子離れできないために子どもが不幸になる典型パターンっぽい。

    田代は、家族が作った借金を背負い込みすぎているような気がする。誰かを頼る術を知らない。



  3. 沖縄
    沖縄組は泉(広瀬すず)と辰哉(佐久本宝)と田中(森山未來)。レイプシーンがエグすぎるのと森山未來の目が終始イカれちゃってるのが本当に怖い。


    ・食事
    3人で居酒屋で飲むシーンがあったけど、お酒の勢いで「俺はこの子のことが好きなんですよ」と言っちゃうような男は、レイプに遭ってる女の子を助けられるわけがない。当然の流れというか。逆にお酒の勢いで告白してる男がヒーロー然として現れても何の説得力もない。


    ・セックス ・睡眠
    レイプ被害者(しかも処女?)が誰かとセックスするようになるまではきっと膨大な時間が必要だと思うし、それは汚い身体を見せたくないという気持ちとか、また乱暴にされたらどうしようとか、あのときの記憶が思い出されるからできないとか、もう想像以上に身体的にも精神的にもキツいんだろうな。しかもレイプされているところを好きな人に見られたとなったらもう地獄でしかなくて、海辺で辰哉に砂をかけるところは距離をつめられて抱きしめられたりでもしたら、慰められたりでもしたら、自分が自分じゃなくなってしまう、そんな言葉がほしくて訴えているわけじゃないんだという、辰哉の父親がデモに参加してそれを見た辰哉が「何かを訴えて意味あるのかな」という言葉に重なって、「訴えても意味ないんでしょ、誰にも届かないんでしょ、この痛みが、怒りが伝わるわけないんでしょ」と泉の台詞になる。父親のデモのことと、レイプについては別問題であるようで実は繋がっている問題なので(沖縄にいる米兵がレイプをしたから、これが日本人による犯行だったらまた話は変わってくる)で、もう泉はボロボロになってしまう。

    泉と辰哉がセックスするなんてときは到底訪れることもなくて、千葉の愛子と田代が寄り添って眠るシーンはあれど、泉と辰哉はボートに乗っても向かい合うことはなく、ずっと辰哉は愛子の背中を見てデートが始まっていた。居酒屋に行っても隣に泉の体温は感じるものの視線は辰哉ではなく田中に向いている。レイプ後には今日も地獄の朝が来たという凄惨な顔つきで泉は目を覚ますし、沖縄組は3人とも見ててつらすぎる。


    ・生活
    旅館の手伝いをしている辰哉、もうきっと小さい頃から手伝っているんだろうなという手際の良さで働いていた。田中がキャリーケースをガンガンぶん投げてるシーンとか食堂を荒らしてるところが最高にクレイジーで今まで積み上げてきたものをぶち壊すわけだけれど、すでに異常者は旅館に入り込んできていた、その知らぬうちに溶け込んでる殺人犯みたいなものがリアル。
    泉や辰哉の学校に通ってるシーンがなかった。

    離島に滞在する田中を訪ねる泉は勝手に田中の住む環境に足を踏み入れない、どうぞと言われたらやっと入っていくところに泉と田中の距離感、年齢差があれど男同士だからか田中は辰哉の部屋にためらいもなく入ってつまみを食べながら酒を飲む2人距離感、デートは重ねてるのに一向に縮まらない2人、レイプされたあとに「おかあさん…」とつぶやく泉とその母との距離感、どれも違う。誰も親しくない。

    辰哉は泉を救えなかったことを後悔しまくっているけれども、海辺のシーン以来泉に会いにいっていない、会いに行く資格さえないと思っている節があるけど、後悔するならもう何が何でも会いに行ってほしいと思いながら観てた。
    近くにいてくれたら何かが解決するわけでも傷が癒えるわけでもないかもしれないけど、物理的にそばにいることがどれだれ人を救うかという、ことを考えてしまった。

    ここまで書いてどっと疲れがきてしまったので、追記があればまた翌日以降書こうと思う。