『ラストマイル』を見た。

この映画を映画館で見られる人は Amazonを始めとした便利なサービスを利用し 利益を享受する側の人である一方、映画の中に出てきた宅配のドライバーの人たちは、きっとこの映画は見ないだろうなと思った。見ないというか、見られないんだろうなって思った。1個宅配を届けてやっと150円もらえるような安い賃金で毎日働いて、休み時間も短くて、毎日へとへとで、貧しくて、言葉の通り命を削って生きている人で、きっとそんな人たちは 映画館に行くことさえままならないんだろうと思った。
Amazonを使う側の人たちが見て消費する映画。
この映画を映画館で見られること、それすらも豊かさのひとつなのだと心に刻まなければならない。
劇中でエレナが言っていた、「デリファス以外から買うとなるとどこで買うかを探さなければならない、そんなの手間なの、面倒なの」みたいな台詞。だから人々は今日も脳死でデリファスを使う。あなたが享受する便利さは、見知らぬ誰かの苦しみによって成り立っているものかもしれないと想像力を働かせる必要がある。
しかし、これを見た私はAmazonを利用することをやめないと思う。あれだけ映画で見せられた貧しさのこと、苦しみのことなんて自分の預かり知らぬところで起きているものなのだから知らないんだと、目を背けてしまうのだろうと思う。
どうしたらいいんだろう
一人の人間が行動を変えたとしても他の大多数は変わらない。変化には、何が必要なのだろう。
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オープニングの映像がかっこよかった。
物を効率よく運ぶために作られた道路、建物、設備。車で高速道路を走っているとたまに遭遇する物流倉庫が立ち並ぶ街並みがすごく好きなのは、目に映るあらゆる風景がシステマチックに感じるからだと思う。近未来を駆け抜けている実感。
映画を見る前に高架下のカレー屋さんに行った。食券形式で、食券を購入した音を察知するとキッチンから店員が食券を取りに出てきて、すぐキッチンに戻る。店員はカレーができると客の前にカレーを置いてまたキッチンに戻っていく。食べ終わったら何も言わずに店を出る。「ありがとうございました」も言われない。
この、人間扱いされていない感じが心地よいのだ。過度な接客はない。ガソリンスタンドでガソリンを入れてまた走り出す車みたいな、エネルギーをチャージするためだけにただそこにある場所。食券を買ったらカレーが出てくる。そういう機械的なところがいい。それがいい。いいときもある。
映画の冒頭、満員電車とバスを乗り継ぎ着いた先にある物流倉庫では、そこで働く人間をももはや商品のようにベルトコンベアのように流れていく。
当然生身の人間としての扱いはされない。
大量の物を取り扱う倉庫では、人も機械の一部にならなければならない。
その上で成り立っている私たちの生活。
注文してその日のうちに届くとか、翌日に届くのが当たり前で、3日~4日かかると遅いと感じる。それって異常なことだったんだと改めて思った。
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なんか、外資だな~って思ったのは、社員が7人しかいないのに社員用のロッカーが大量にあるところとか、ペットボトルの水が無料で配られるところとか、勤務中に首から下げるパスとパスケース、ああいうノベルティ文化、あるよな~~~って思った。ゴミだよあんなの。そんなの作る金があるなら他に回せよ。
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物語に泣いたというより緩急のつけ方に泣かされた感じがする。
首を絞められてもうすぐ死んじゃうかも...…というところで手をふっと緩められて安心したところに、もう一回強く絞められて、また手を緩められる……。そういう、コントロールされてる感じが気持ちよくもあり、不愉快でもある。野木亜紀子さんの脚本はいつもそういうところがある気がする。もう少し、解釈に自由度が欲しい。
あと、「どんなに世の中がクソでも戦い続けろ」みたいなメッセージも感じる。私はこのメッセージがとにかく苦手だなあ。
だって、何もかも奪われて死を決めてしまうような人間がこの世の中にはたくさんいるわけだが、みんながみんな、今回の映画の中村倫也とその恋人みたいに、レジスタンスの姿勢で行動を起こせるわけじゃないもの。
戦う元気さえも無いような人だって世の中にはいる。元気も何もないのに、そんな人に戦い続けろなんて言うのは無茶だよと思う。みんなそんな元気なんて無いよ。
へとへとに疲弊して、でも死ぬのもこわくて死ねなくて、生きているっていうより死んでいないだけっていう状態で、今日もギリギリで働いている。そんな人が助かる術ってないのかな。みんなそんな元気なんて無い。助かりたい、誰かに助けてもらいたい。しかし、助けてもらうためには声をあげなければならない。元気がなくて、声をあげることができないと、助けてもらえない。
どうしたらいいんだろう
そして、野木さんの作品を絶賛したりカップリングとして消費している界隈も本当に苦手。
『ラストマイル』とか『MIU404』とか『アンナチュラル』はさ、メチャクチャ説教くさいというか社会にブチギレている感じの作品なのに、それをBLとかカップリングで消費できる無神経さがヤバすぎる。気持ちはわかるけど、わかるけどさ……。
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『アンナチュラル』の白井くんの話が本当に本当に大好きなのですが、自殺した友達、いじめで殺された友達、と共にもう自分も死ぬのだと宣言していた白井くんが『ラストマイル』では、いままさに死のうとしている人の命を救うために薬を届けていて、思わず泣いちゃった。
中堂さんによる「許されるように、生きろ」という台詞やミコトの「あなたが死んで何になるの?あなたを苦しめた人の名前を遺書に残して、それが何?彼らはきっと、転校して、名前を変えて、新しい人生を生きていくの。あなたの人生を奪ったことなんてすっかり忘れて生きていくの」という台詞が地続きになって今の彼を形作っているんだな、と思う涙が出た。
そして『虎に翼』の高瀬くんだったのね、望月歩さん。インスタを見たら家系ラーメンが好きなようで、なんだか可愛いなと思って笑ってしまった。
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IT周りの話。
『MIU404』のこと、記憶が朧げではあるんだけど、404 not found のあたりでんんん?と違和感を感じて、今回『ラストマイル』でもWebとかDBの技術周りでんんん??となった。
まず、ホワイトハッカーという単語がなんだか恥ずかしい。削除した履歴を確認するために岡田将生はログを見ただけなのに、ハッキングして確認した、みたいになっててヤバかった。
あとDBを検索してるとき、出品者と倉庫に出勤した人を掛け合わせて照合かけてたね……。なんか、検索結果が出るGUIの画面があったね……。DBに詳しいわけじゃないんだが、そんな検索ができるものなの……?できるものだとは思うんだけど、なんかんん?と思った。出品者と倉庫に出勤した人を紐付けるキーがあるってことでしょう。しかもそのあと購入した商品も照会できていた。
例えば、私が今持ってるAmazonのアカウントで、出品者になったとして、そのあと倉庫で出勤したときも同じアカウントを使う、みたいな……。え、どうなんだろう、技術的には可能だと思うけれど、そんな設計をするのかなあという話。技術力がなくてよくわからないけど……。
あと、人事情報を誰でも見れるのもコンプライアンス的にヤバいよね……。というかあんな簡単なプロフィール帳みたいな画面で人事情報って管理されてるのかしらん……。岡田将生も検索できてたしね、一般社員でも他の社員の人事情報見れるのはダメでは……。
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算数が苦手すぎて爆弾の個数がわからなくて混乱した。
「爆弾(11個)全部見つかりました〜」→
「そのうち1個は犯人が使いました」→
「やっぱりまだ爆弾あと1個ある!」のところで、え?12個?13個?10個?みたいな混乱をした。犯人が使った分も含めて11個とカウントしていたけど、調子が悪い爆弾1個を犯人が使ったわけで、それと合わせるとあともう1個見つかってないという状況。あとで考えればちゃんとわかるのに、映画のスピード感で理解するのが難しかった。
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エレナ、福岡から来た設定いる?犯人だとミスリードさせるための装置でしかなく、アメリカ本社から来たテイでよくね?私が何か見落としがあるのかな。
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『ラストマイル』を見る前から米津玄師の新しいアルバムを聞いていて、『がらくた』も聞いていた。
失くしても壊しても奪われたとしても 買えないものはどこにもなかった
僕らが手にしている富は見えないよ
彼らは奪えないし壊すこともない
世界はただ妬むばっかり
もしも彼らが君の何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈
何故なら価値は生命に従って付いている
私は事あるごとに『ありあまる富』のことを思い出して、私の中には誰にも奪えない豊かさ、富があるのだと思っていた。
でも、大人になるにつれ、様々な経験を重ねるにつれ、そして『がらくた』を聞くにつれ、もはやそういったものも全て奪われて、尊厳も何もないような状況になってしまうこともあるのだと思った。そして全て、何もかも買える。代替が利く。
自分自身の価値は誰に毀損されるものでもなく、ただ存在するだけで尊いのだと思いたい。でも、『ラストマイル』の中村倫也みたいに、尊厳みたいなものを誰からともなくゴリゴリと削られてしまって飛び降りるような選択を迫られる人に、いったい何が残っているのだろう、と思う。(8/31 追加:ベルトコンベアを止めるためには飛び降りなければならないと視野が狭くなっている時点でもう壊れてしまっている)
もちろん回復し、転職すれば、また違った人生が始まるのかもしれない。でもその可能性はかなり低そうに思えた。植物状態から戻らないのだとしたら、普通に生きることも、普通に死ぬこともできない、狭間の状態で、彼には一体何が残されているのだろう。父親も死んだし、恋人さえも、死んでしまった。
こんな状態で戦い続けられるわけがない。
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役者陣について
満島ひかりさん
もともと満島ひかりさんのことはそこまで好きではないし、嫌いでもない。『カルテット』は大好き。なんだろう、ちょっと苦手。
うまく説明できないんだけれど、満島ひかりの台詞の発し方、たとえばサ行の発音とか、色々な発音が気になってしまう。これは高畑充希とかも同様で、 口をすぼめて話す瞬間があり、その、まだらな発音が気を逸らしてくる。なんだろうな、たとえば「テンキュー」を「テンキユウ」と発音するみたいな、 「〜でしょう」を「〜でshow」と言うみたいな、うまく言えないんだけど、言葉の粒の大きさがいつもなぜだか気になる。
ガタガタ震える演技、よかった
大倉孝二さん
NODA・MAP『兎、波を走る』で大倉孝二さんを生で見たんだけど、演技を楽しんでいる感じがしてすごく好きになったんだよね。存在感もすごくある人だなと。
で、今回の映画の中ではさ、ずっとロジスティクスを言えないおっさんの横でギャーギャー騒いでて、最終的に「言えた」ってすとんと落ちるところがまた良くて。
「俳優として好きな人を挙げてください」と言われたとき、私はおそらく大倉孝二さんと江口のりこさんを挙げると思う。フラットな演技がいいんだよね、でも「この人何を見ても大倉孝二/江口のりこだな」とならないのがいい。
中村倫也さん
中村倫也じゃん!というサプライズがもうピーク。
ベルトコンベアに向かって飛び降りることをひらめき、テーブルをセットして、興奮状態で笑みを浮かべ、スッと真顔になり、瞳の光が消灯し、走り出す、というあの一連の動作がよかった。
飛び降りて、頭から血が出ているときに見た、ベルトコンベアがまた動き出した時の絶望感。
この世はクソだなと思ったよ。
井浦新さん
井浦新って赤ちゃんなんだよね
『おっさんずラブ-リターンズ-』の井浦新も赤ちゃんだったもの。みんなが保護する井浦新。
綾野剛さん
結婚してから演技に対するスタンスが変わった気がして、なんだかよかった。
直近だと『カラオケ行こ!』や『地面師たち』で綾野剛を見たんだけど、『GANTZ』『新宿スワン』『コウノドリ』『最高の離婚』、あと歌歌ってる時代の綾野剛とはなんか違う気がした。
結婚してから、なのかなんなのかよく分からないけど……。というか私って綾野剛のこと好きなのかもしれない、というか好きなのでした。綾野剛と結婚して苗字を変えたいと言っていたこともあったので(私の本名を知る人は分かる話)。
伊吹、あんなに多動な人間だったかな.......
ドライバーの親子から絶えず漂っている死の香り。
家にいる時間よりも長く、あの車内にいたら、というか、もうあの車内に住んでいるようなものだよね。あの車内で過ごせば過ごすほどに、あの顔つきになるんだろうなって思った。
スニーカーの汚れ具合とかすごかったじゃん。
そんで、私たちが普段宅配を受け取るときに見るドライバーの人の顔ってあんな感じじゃん。全体的に薄汚れていて、でもそれって別にシャワーを浴びて清潔になったとしても絶対に落とせない、体の芯まで染みついたものじゃん。
よかったなあ。
阿部サダヲさん
阿部サダヲの役どころがキツすぎる。上からも下からも色々言われて板挟みの状態で、上層部の求める理想と、現場の実態の板挟みで働いていかなければならないの、つらいだろうな。
パートナーと一緒に映画を観たんだけど、パートナーがしきりに「手帳型スマホで電話するときに手帳の表紙の部分を折り返さずに開いた状態のまま電話するのって電話しづらそう」と言っていた。
私としては、ベンチに寝っ転がりながら煙草吸ってるシーンと、徹夜明けで髪の毛がペトペトになった阿部サダヲがよかった。徹夜明けとかお風呂入らなかった日の翌日の髪の毛ってペトペトになる、あの質感、わかるな~って思った。
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映画が始まる前の予告でさ、なんか失踪モノの邦画の予告が多くて、「みんな消えてくな」ってパートナーがボソッと言っててウケた。
『ラストマイル』、なんというか映画を見ている最中に「これあと何分くらいだな」っていうのが全然分からない映画だった。だいたい今これ中盤だなとか、2時間のうち1時間40分あたりだなとか予想がつくんだけど、そういうのが分からなくて、そういう体験もよかった。
今週仕事がすごく忙しくて、お昼休みちゃんと1時間取れた日が1日もなかった。休めたとしても30分で、一週間のうち2~3日はご飯も食べられずにずっと仕事してて、なんか一瞬会社辞めようかなって頭によぎった瞬間もあって、ヤバいなと思った。食事と睡眠は大事だなと映画を見て改めて思った。