もうすぐ結婚して一年が経つ

 結婚して一年。

パートナーが仕事に行くときはベランダから手を振って見送るし、私が仕事に行くときはパートナーが駅までついてきてくれるときもある。夜眠る前にはパートナーと一緒に本を読む時間があり、歯を磨く時間がある。おやすみと言い合って最初は手を繋いでいたのに自然と寝返りを打って背中合わせで眠る。彼は私が眠っている間に、夜中に仕事へ出かける。喧嘩をしたときは自室へ逃げ込んで、一緒に寝ないこともある。互いの部屋のドアを閉め切って、言葉を交わさない日が何日も続く。なるべく喧嘩はしたくない、そう思いながらも何回も喧嘩をした。それでも生活は続いていく。喧嘩をしていてもなお、夫婦としても生活が存在している。

 

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最近、転職活動を始めた。

大学を卒業し、今の職場に新卒で入社して5年目、インフラエンジニアとして働いている。4月に入ってから残業時間がぐんと増えた。これまでは平均20時間程度の残業が、40時間程度に増えた。職場の主任がマネージャーに昇格したことを機に、これまで主任が担当していた仕事の多くが私に振ってきている、し、新入社員のOJTにも時間を奪われる。

仕事で忙しくするのは好きだ。どんなに忙しくても、この忙しさは昇格のためのステップアップなのだと言い聞かせてきた。会社のルールとして、若いうちから出世する人間のもとで働いたほうが、自分も出世しやすいだろう。だから私も将来有望な人間の下で働けている今の環境はとても恵まれている。私は、いきなり仕事を休む先輩なんかよりも先に昇格するのだ。私は女だけど、父親よりも稼ぐ人間になる。「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ」と怒鳴る父親よりも、もっと、大事な人を大事にできる、優しくて稼ぐ人間になりたい。

別に出世したいわけじゃない、ただお金が欲しいだけ。お金がたくさんあると安心するから。仕事は好きでも嫌いでもない。職場のひとはみんな優しくて大好きだけど、それだけじゃやっていけない。

 

あるとき残業を45時間越えたときに残業時間を過少申告するようマネージャーから言われた。今までおかしいなと思うことがあっても、強く主張したりしなかった、無視するほうが楽だったからそうしてきた。セクハラされたときはコンプライアンス部門に通報して適切な対応を取ってもらったけど、それくらい。どうしても許せないことがあると泣きながらインターネットに文章を書いて、それでやり過ごしてきた。でも、働いた分のお金がもらえないということがどうしても許せなかった。

 

また、あるプロジェクトのWBSを作るよう指示があり、メンバーの業務負荷や知識レベルを考えるに、当初の予定の2か月では到底終わらないと思ったので、マネージャーにそう主張した。でも、どうしても2か月で終わらせるよう言われた。「時間が足りないなら人をアサインしろ、知識が足りないなら勉強をしろ」、それは正しいことだと思う。けど、私以外の人間も残業時間が40時間を超えている状況で、そんな正しさで殴られても、何も響かない。あ、そうなんだ、と思った。私は号泣しながら到底無理なスケジュールのWBSを作った。

このままでは私はいつか人間を壊してしまう。人間を壊すことに加担してしまう。

お客様のために、会社の利益のために犠牲にならなければいけないのは、そこで働く生身の人間で、そこまでして私はこの会社で働き続けたいのかよく分からなかった。

 

感覚としては、実家に住んでいたときの感覚に近い。

逃げようと思えばいくらでも逃げられるのに足が動かない。

「早く実家から脱出できるといいですね」と言ってくれるひともいて、「そうですね、私も早く実家から出て生活したいです」と返事をしているのに、行動に移せない。

なぜか動けなかった。必要性を感じなかったというか、我慢に慣れすぎていたというか。

 

あるとき転職していった元同期から連絡が来て、転職活動の話を聞いた。彼はすごく能力の高いひとで、新入社員のときからずっと仲良くしたいと思っていた人間のひとり。彼も結婚をしていて、私としても恋愛感情があるわけでもないのに連絡が来ると心臓がドキーーーッとする。彼の話を聞くうちに、転職できるかどうかは分からないけれど、転職活動をやってみようという気持ちになった。働く場所は他にいくらでもあるはず。

勢いで転職サイトに登録をしたらあとは流れるように物事が進んでいった。

働きながら、毎日0時まで転職活動をしている。

 

 

パートナーの話。

8/1(日)に喧嘩をした。それから喋らない日々が続いた。8/5(木)、私が在宅で仕事をしていたら「昼休みに話したいことがあるからちょっといいかな」とパートナーが声をかけてきた。来た。いつもの仲直りのタイミング。私たちは、喧嘩のあとはいつも話し合いをして仲直りをする。今回は私が譲れないことだったので彼から謝ってくれるのを待っていた。

そしたら、「仕事を辞めようと思っているんだけどどうかな?」と突然。喧嘩の仲直りの話じゃない。仕事を辞めるらしい。あくまで私に相談するという体裁だけれど、声音からも彼の中で意思が固まっているのが分かる。私に引き留める権利はない。ここ最近ずっとしんどそうにしていたし、彼も転職をしたいと言っていた。でも、いきなりすぎやしないか。転職先も決まってないのに、これからどうやって生きていくつもりなんだ。

話を聞いた日はずっと訳もなく涙が出た。

今までお仕事おつかれさまとかよく頑張ったねとかこれから何でもできるねとかたくさん休めるねとか言いたいことはたくさんあるのに全然口から出てこなかった。一番最初に言ったのは、「今の貯金がいくらで、生活にかかるお金がいくらで、養育費がいくらで、何か月で再就職をするつもりなのか決めてほしい」という現実的なものだった。そんなことを一番に言いたかったわけじゃないのに、そうやって計画性のなさを詰めてしまう自分に嫌気がさす。人間には、そんな計画性よりも前に、気持ちとして行動してしまいたいときがある、行動せざるを得ないときがある、そんなことは頭で理解しているのに全然彼の気持ちをポジティブに捉えたり労わったりすることができなかった。彼からは 「現実的なことを言ってもらえてよかったと思ってる」 と言われたけど、それでも。

 

他人の決断が自分の人生に直に影響を及ぼしてくる。

きなり自分ごととして人生が迫ってくる。

結婚、おもしれ~~~と思った。

 

私は、彼が厩務員として働く姿がとても好きだった、と今更気づく。

今まで世話をしてきた馬とお別れになるのさみしいねとか、テレビに出ているあなたを見られなくなるのは悲しいよとか、私もパドックに生で見に行きたかったよとか、レースをちゃんと録画しておけばよかったとか、そういうことばかりを思った。

ときどきデートで動物園や牧場に行くとき、明らかに動物への接し方がほかの来場客とは違って、手つきが手馴れている。ヤギの目やにを取ってやるしぐささえ愛しかった。「おにいさん撫でるのうまいねえ」と、言われたこともあった。嬉しかった。

人間と関わることが苦手で、生きづらさを抱えながら、それでも動物を大事にする彼の指が、しぐさが、すごく好き。仕事を辞める。単にサラリーマンを辞めるといったこととは全然意味合いが違う、特別な仕事から降りる、という感じが寂しくて泣いたんだと思う。私が大学生のときに出会ったときから、彼は厩務員だったから。

 

 

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 彼が仕事を辞めることが決まった。今月。もうすぐだ。

職場に退職する旨伝えて帰ってきたとき「気が楽になった」と一番に言った。

歳を重ねるにつれ難しいと思っていた競走馬を相手にすることのリスク。休みがないことすら楽しんでいるワーカホリックのひとがたくさんいる環境で、今日辞めるって言って久しぶりに 夕方の空がちょっと赤くてきれいだなって思ったと。なんかそれなら応援するよ、一緒にがんばろうって思った。

彼は、結婚記念日に、私の誕生日に、仕事を辞める。

 

「おれに騙されて結婚しちゃったのかな」

 

彼は言う。大学生のときの思い出補正で騙されて結婚してしまったのではないかと。

なんで結婚してくれたのか分からない、結婚一年でこんなことになってしまって申し訳ない、としきりに言う。大学生のときに一度連絡が取れなくなって、3年ぶりに再会して、半年間の同棲生活を経て、20歳も年上のひととの結婚。今でもよく分からない縁だなあと思う。

 

3年ぶりに再会したとき、彼は憔悴しているように見えた。

今まで楽なほうを選んで人生を生きてきたけど、年を重ねるにつれ人生が詰んできた。子どものころから周りのひとと全く馴染めない。普通のひとだったら慣れてきたらコミュニケーションの取り方を理解したり仲良くしていくであろうことを、おれは全然できない。そういうことを考えてもうこのままではだめなのかなって思ったときに、頼る相手がほしかったし寂しかった、だから連絡をした、と彼は言った。

他に連絡をする相手はいくらでもいたはずなのに、私を選んでくれたことが何より嬉しかった。私も元恋人と別れたばかりで寂しかったし、再開したその日に結婚の話になった。

  

 

彼と結婚をした理由。 

理由①

大学生のときに、「言葉にしないと相手には伝わらないんだよ、伝わらなくても言葉にすることそれ自体に意味がある」ということをしきりに言われたこと。私は思ったことをすぐに言葉にするのが下手ですぐに会話をあきらめてしまうから、どんなに遅くても、言葉にすることが何か意味があるのだと主張する彼の気持ちがなんとなく温かく感じた。

喧嘩をしたときも、問題が解決するかどうかはさておき、すぐに話し合えるかどうかはさておき、話し合いをして仲直りできるところがよかった。それまで付き合ってきたひと、友人たちとは喧嘩をしたら関係性がそのまま終わった。関係性が終わってしまうことを恐れていたし、関係性を繋ぎとめるために、モヤモヤすることがあっても言わないようにしてきた。それしか関係性を続ける方法を知らなった。だから、自分の気持ちを言って喧嘩になっても仲直りできることそのものが新鮮だったし貴重だった。これから一緒に生活していく中で、喧嘩をすることは多くあるだろうと思うけど、でも、人間には言葉があり、私たちは話し合えるのだと忘れずにいれば、大丈夫だろうと思った。だから結婚した。

 

 理由②

人生の視野を広げてくれたこと。

大学生のときから映画の話をしてくれたり映画館に連れて行ってくれたこと、車の中で流れてる音楽、食べ物のこと。それまでは食事なんてただ生きるための栄養摂取だと思っていたから、人と食べるご飯がこんなにも美味しいことを全く知らなった。鱧の天ぷらとか、なめろうとか、美味しいものそのものを教えてくれたことも幸福の一つだし、美味しいものを人と食べることで豊かになれることを教えてもらったから、結婚した。

アウトバックステーキ、品川 品達、デイリーヤマザキのパン。

彼と食べるご飯はなんでも美味しい。

 

理由③

「今付き合っているひといないの」「まだ結婚しないの」と他人から言われることに飽きていた。結婚して早く人生を上がりたかった。私は子どもを持つ気はないけれど、いい加減恋愛ゲームに飽きた。性的搾取に飽きた。何度、マッチングアプリで「なんて呼べばいいですか?」「趣味は何ですか?」「今度一緒にご飯行きましょう」から始まる恋愛をしなければいけないんだ、虚無すぎる。

友達に相談すると要素だけで反対された。当然のことだ。20歳も年上で、離婚歴があり養育費を払っているひと。「おれだって反対すると思うよ」って本人も言っていた。要素だけ、要素だけしか見られない。

でも、選択した道を正解にするしかないと思って私は結婚を選んだ。選択したときは正解かどうかなんて分からないのだから、選択した道を自分で正解にしていくしかない。私の好きな言葉。また、別に結婚しても離婚という選択肢があるということは忘れないでいたい。選択するかどうかはさておき、私にもパートナーにもその選択肢はある。

 

そういう結婚した理由をちゃんと言葉にした。

これからも、何度も言いたい。彼が道に迷いそうになるとき、不安になるときは同じことでも繰り返し言うことに意味があるのだろうと思う。届かずとも、理解されずとも言葉にすること。

 

 

 大学生のとき、ホテルの休憩時間が終わるときに有線からZARDの『マイフレンド』が流れて泣いてしまったことがある。好きな曲というわけでもない、そのとき彼のことがすごく好きだったわけでもない。彼には付き合っている恋人がいたし、ただの身体の関係なのに、他に何を許すものがある、何を明け渡すものがある、それなのに、訳も聞かず抱きしめてくれたこと、ホテルの時間を延長してくれたことを思い出す。

 

「どんなに不安がいっぱいでも 真っすぐ自分の道を信じて」

「あなたがそばにいると 何故か素直になれた」

「ひとりでいる時の淋しさより 二人でいる時の孤独の方が哀しい」

 


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昨日この話をしたら、「学生に限らず、家に帰りたくない状況ってつらいよね」と言ってくれた。ZARDの『マイフレンド』を聞いて号泣したことは覚えてないみたいだったけど、それでも私にとってあの時間は救いだった。自分の人生を引き上げてくれたひと。

結婚して一年、今は、家に帰りたくないことなんてまるでない。あのとき実家を出て一人暮らしをしたから、彼との生活を選んだから、その選択の地続きのところい今がある。死にたくなるときも全然あるけど、なんとなく生きてきた。もうすぐ誕生日が来る。人生の長さに途方に暮れるけど、彼となら貧しくても生きていきたいと思う。