押し付けられたものを殺したい

首の高さにゴールテープが貼られていて、いつもの速度で帰り道を歩いていると、 いつの間にかゴールテープもといロープが首に巻きついていて足が地面から浮いている。宙に浮きながら歩いて家に帰る。ここ最近ずっと首が苦しくてどうしようもない。

 

振りかざされる愛、受け止められない容器、他人から押し付けられたペットに対して「可愛い、私なんかに世話をさせてくれてありがとう!」と笑顔で言い放ち、ドアを閉めた瞬間に膝から崩れ落ちる思いでいる。呼吸さえまともにできずに蹲るしかない。 

 

気軽に頼み事をできる奴隷的な隣人として、内心見下されている気配がする。この小さくあたたかい命など手のひらで握り潰せば簡単に死ぬのに、どうしてつらい思いをしてまでそれらを保護しなければいけないのか何も必要性を感じない。けど殺して捨てる選択もせず、ただそこに横たわっていてときどき視界に入るからストレスになる。なぜあえて私の住処に自分の痕跡を残していくのか、それを世話するのは私なんだよ、そういう役割、女だからですか?私だからですか?ナメられるの?率先してやりたがるように見られているの?私が抱える負担って、誰が対価をくれるんですか。

 

 

容姿に恵まれているなんて生まれて一度も思ったことがない。ちょうどよく頭が悪く、ちょうどよく精神が弱い、攻撃的で不安定な部分も生きづらさの象徴としてちょうどよい。細くもなく太くもなくちょうどよく抱き心地の良い体型をしていて性欲も満たせて便利。

 

誰でも受け入れるふりをしながら、他人を丁寧にラベリングして、丁寧に見下している、丁寧に弱いものとして扱い、保護し、これまでの弱い生き物にもそうしてきたように同じベストプラクティスで殴ってみる。そうやって寛大な自分、弱い生き物を育成する自分に酔っているだけ、感謝されたいだけ、あの子は昔むかし暗いトンネルの中にいたけれど、今は外に出て幸せそうにしていて良かったと遠く離れたところで言ってそれで満足か。

 

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電車のボックス席に座っていると隣におじさんが座ってきて、Bluetoothスマホをうまく接続できていないのか盛大に音漏れをしている。ボリュームの下げ方さえ知らないのか、何食わぬ顔で鞄にスマホを閉まっているが、スマホから音漏れをしているのでめちゃくちゃ耳障りだ。AirPodsから音楽は流れていないのに、腕を組み指先でリズムを取っていて大変不愉快。耐えきれず、わざとらしく頭を抱え背中を丸めるとおじさんが再度スマホを取り出して音量を下げる素振りを見せた。 5分後には結局音漏れしたままのスマホを鞄に閉まって音楽を聴いているふりをしている、私は目頭を押さえ頭を抱えるふりをする。向かいに座る男性もチラチラ視線で「音漏れしてますよ」とポーズを取っているが声をかけるには至らない。うるさい。お願いだから静かにしておいてくれ。

 

宇多田ヒカルの『Play A Love Song』を聞いている。『初恋』に収録されている『あなた』は大事な曲だから、うかつに再生されないよう注意してiPhoneを操作する。押し寄せる感情をしゃくりあげると涙が止まらなくなり久し振りに泣きながら帰る夜となる。今日も首は締まっていて、外の音もあまりよく聞こえないし、ゆっくりにしか歩けない、なぜなら宙に浮いているから、仕方がない。

 

今朝、研修会場では同期からの「最近買って良かったデパコス何?」との一言で牽制のし合いが始まった。「クレドのアイシャドウが良かったよ」となんとか口にしたところで「Youtuberが紹介してたやつだ〜(笑)」と返されて心底どうでもいい。その質問は私の回答を踏み台にして自分が答えたいだけの形式的な質問で、お前が使っているクラランスのリップオイルのことはどうでもいい、デパコスなどどうせたまにしか買わないくせに、何を偉そうに牽制を始めているのか。そこに大層な価値があるとでも思っているのか。

 

朝から他人に牽制する元気のあるその口元が旦那の前で甘く溶けるときがあるのか、どうでもいい、気持ち悪い。睡眠障害の話とか「今日は夜ご飯何作る予定?」とか「いま付き合ってる人とは結婚できそうなの?」とかお前の人生がどれだけ素晴らしいものか私にはその価値が1ミリたりとも理解はできない、する気もない。牽制しないと保っていられない幸福など興味ない。勝手に言ってろ

 

 

ときどき過激なことを言って笑いを取る。「そういうところがあなただよね」というレッテルを貼られることの楽さに胡座をかく。勝手に私のことを決めつけて好き勝手言われてもそれは結局私の演出の結果。もっと知性や色気のある手の届かないアクターに軌道修正することは今さら可能なんでしょうか。ツイッターで感情を書くだけでふぁぼられて「私はいま知性も色気もあり幸福です」とマウンティングを取られるのに、そいつの喉元を掻き切る元気もないのに、妄想ばかり先行して血まみれなんですよね。鉄分は常に足りていない。

 

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今日のピークは食べ方を褒められたことだった。

 


食事のタイミング、あまり意識していなかったけれど、これまで会ってきた人はタイミング良く食べていたのだなと気づく。

あたたかい命はあたたかいうちに食べてしまった方がきっと美味いだろう、冷めた残飯処理を微笑み浮かべて喜んでやるような女、それはそれで楽そう。なんでもいいし、どうでもいいし、みんな勝手にしてほしい。