好きな人にフラれた

 

「私は私の人生をどうしていきたいんでしょうね」

 

仕事納めの12月27日、会社の作業場で背中合わせに作業をしながら女性の先輩と話をしていた。先輩は私がつい最近恋人にフラれたことを知っている。「学生のとき想像していたアラサーって、私はもう結婚して子どもも2人いたんだよね」「結婚、出産、それが果たして自分のしたいことなのかもう分からない」と話す先輩は、3年ほど付き合っている恋人に別れを切り出され、それでも復縁したらしい。私は3か月ほど付き合った恋人に別れを切り出され、復縁はできなかった。

 

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こんなに自分のツイートのリンクを張り付けて吐きそうになることも早々ない。

 

初めて電話をしたときに、好きになる人のタイプを聞かれて、「マックも高級レストランもどっちも美味しいけど、その""美味しい""にグラデーションがある人が好き」と答えたら、電話の向こう側から「ああ~」という声が聞こえて、彼が「分かる」という顔をしたのがよく分かった。私の言葉が彼には通じる、彼の言ってる言葉も私は理解できる。そんなふうに思ったことが生まれて初めてのことで、会う前からこの人のことは好きになれそうという予感があった。

 

付き合い始めてからも彼が選び取る言葉が何よりも好きで、声も顔もファッションセンスも探してくれるご飯屋さんも何かもう全部好きだった。

 

2018年は付き合ってると思いきや付き合ってなかった人と1年間を過ごし*1、2019年の最初から半年間は岸くんと付き合っていたけど好きではなく*2、じきにマルチに手を出し始めたので別れ、そのあと1か月くらい付き合った人は私とのLINEのトークルームを自分の思考整理のために使い10分おきに大量の理解不能のポエムが届き私は精神を病んだ。

そんな感じで明らかに恋愛に向いていないと痛感する1年だったけど、唯一ちゃんと交際をして、かつちゃんと好きになれたのは彼だけだった。

 

「これからお互い努力すれば明るい未来があるのかもしれないけど、それをする必要性が俺にはわからない」「あの瞬間に、好きな人から怖い人に変わった」「ごめんね、申し訳ないけど、気持ちは変わらない」

 

クリスマスソングが流れる喫茶店でみぞおちに鉛でも撃ち込められたかなというくらいの熱い痛みに耐えられず死んでしまうかと思った。でも発端は私が10月の台風の日に彼に対してひどい言葉を吐いて深く傷つけてしまったのがきっかけで、どんなに縋っても関係性は修復できないと頭では分かった。分かったけど、もう一回会って話したいとせがんで2週間後に会うことになった。

 

別れを切り出された翌日からマッチングアプリに登録して死んだ目で人間の選別を朝4時まで行う日々が1週間続いた。アプリに登録しながら何度も自分のいまの年齢に驚く、もう25歳なのか、と。そして相手に求める条件、要求ばかりがどんどん上がって自分で自分の首を絞めているのがはっきりと分かった。好きな人が世界で一番かっこいい、と頭で思って毎晩泣く。カメラロールをスクロールしたときにこの3か月間の写真が目に入って痛い。でもやっぱり一番にかっこいい、かっこよすぎる、と思ってひたすらにマッチングアプリのいいね!の通知に吐き気がする。アプリごとにいいね!の数が1000件を越えるともはや人間の選別に対して何も感じなくなってしまう。「初めまして。メッセージありがとうございます。よなかと申します。プロフィール読んでくださったんですね、こちらこそ仲良くしていただけると嬉しいです」をペーストして、だれとどんなやりとりしたのかなんて記憶にない。最近観た映画の話なんてどうでもいい、最近行ってよかったご飯屋さんも、カメラはどこのメーカーのものを使ってるかなんて、本当に死ぬほどどうでもよくて、マッチングアプリの虚無のやりとりに消耗ばかりする。興味がない人に興味を持つための共通点探し、同じ趣味、似たような価値観、そんなこと日常生活でやらない、あまりに独特すぎるコミュニケーションの取り方に発狂しそうになる。誰にも教わっていないのにみんな同じことを聞いてくる。でも前に進まないと、寂しさに焼き殺されてしまう。

 

 別れを切り出されて1週間、たまたま伊勢谷と再会することになった。大学生のときに遊んでくれていた、伊勢谷友介に似た目鼻立ちがはっきりしている派手な顔の男。3年前にぱったりと連絡が途絶え、なぜかこのタイミングで連絡を寄越してきた。

 

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「自分を偽り続けるよ人生詰むよ」と笑う目もとの深い皺とか目つきを見ながら、大学生のときあんなにお姫様扱いをしてくれたスマートな伊勢谷の身体の周りに仄暗い闇を感じた。「偽りの自分を演じることで、女の子が喜んでくれるのはいい、いいけど俺の人生って一体何なんだとも思う」「お前になら言葉が通じるかもしれないと思った。だから話した」というようなことを、20歳も年下の女に話す心境。

フラれたことを話しても伊勢谷は慰めるでもなくただ笑いながらひどく意地悪なことを言うばかりだった。それでも私の精神は明るくなって、死んだ目で朝4時までマッチングアプリで人間の選別をすることもおさまり、虚無のやりとりをしている相手も生身の人間であることを思い出し、感情を持ってやりとりできるようになった。何より音楽が聴けるようになった。映画は観れないし、本も読めなかったけど、坂本真綾さんの『今日だけの音楽』をやっとダウンロードして聴けるようになった。それだけ精神が元気になったことを実感したし、それまでいかに死んでいたかがよく分かった。

 

真綾さんの『オールドファッション』という曲だけを何度も何度も聴いて、毎日歌を口ずさみながら泣いて泣いて通勤をしていた。

 

この曲が終わるまで君を独り占めさせて

好きだったところだけずっと覚えていたいの

 

この曲が終わるまで君の恋人でいたい

好きだよって伝えたっけ二度と言えなくなるから

 

初めて聴いたのは伊勢谷と再会した翌日、バレエのレッスンに向かう電車の中だった。なんて今の自分にぴったりの曲なんだと思いながら涙が止まらなかった。全身に美しい水のような歌声が流れて、みぞおちの鉛が解けてピリつくくらいの痛みに砕けて、好きだったところだけ覚えていたい、んなわけあるか、と思いながら精神が少しずつ元気になる実感があった。

 

以下、なんとか彼のことを文章を書けるようになってブログに書きなぐった下書きの供養。

 

***

 そりゃあ髪の毛濡れたままベッドに転がってたし、避妊しなかったし、野菜食べないし、鼻毛出てるときもあったけど、言葉が通じる感覚とか、仕事に一所懸命なところ、感情表現がストレートで言葉にして話してくれるところ、大事な話をするハードルを下げてくれるところ、身長が高くて笑うと細くなる一重まぶたの目とか、スマートに支払いを済ませてくれるところとか、私の理想の王子様みたいな人でした。

 

 あーー!!!好きだったな!!!!

 人間としてめちゃくちゃ好きだった

***

 

 別れを切り出されて2週間後、もう一回彼に会って話した日。どう考えても今も好きで、でも別れようと気持ちの整理をして会いに行った。やっぱり話しながらボロボロ泣いたし、全然嫌いになれなくて困った。人間として彼のことがものすごく好き、それは今も変わらない。

 

 

あの日に話したことは書かない、コンテンツにはしない。

最後まで言葉の通じる人で、どうしてもまた会いたいと思ってしまった。

 

 

私の周りには優しい人間がたくさんいて、フラれてからというものやたらと食事に誘われた。人は勝手に助かるだけだが、美味しいものでも食べに行こうと言ってくれ、性格の悪い自分はどこかで「他人の不幸を慰めた気になって気持ちよくなってんじゃねえよ」と悪態をついていたが、自分の心境を言葉にして相手に聞かせることで自分の感情が薄まっていく気配があった。

「言いたいことはちゃんと言ったほうがいい、相手に伝わらなくとも言うことに意味があるんだよ」という言葉をくれたのは、再会する前の2016年の伊勢谷だ。

 

年末の、仕事もなく、掃除も終わりやることがなくなった寒い日、私は結局他人を踏み台にして幸せになろうとしているんじゃないかとか、寂しさに対する脅迫観念が強すぎるとか、なんで元旦の深夜に私を迎えに来てくれる人間がいて、初めて食べてもらう手料理がお雑煮なんだろうとか、過去に囚われて怯えて勝手に縛られて苦しくなってグチャグチャになって自分が今後どうやって生きていきたいのか全く分からなくて、遠くのスーパーまでほうれん草を買いに行く道中で泣いた。

 

 

もっと自分を大切に、それよりもっと他人のことを大切にしたい。

行き場のない感情で他人を殴る前に言語化する。