付き合ってたけど好きではなかった

 

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一緒にいても会話が多いほうではなかった。沈黙になるとお互いにスマホをいじりだして、テレビに対して笑ったり突っ込んだりして会話がない状況を誤魔化していた。実家もこんな感じだった。テレビに顔を向けて会話をしている、なので私は人の目を見て話す方法をよく知らない。そして、「会話をせずともお互いのことが分かる」、なんてそんな領域には足を踏み入れてもいなかったし、お互いのことを何も知らないままデートの回数だけは重ねていった。

付き合っているのだから私はこの人のことが好きに違いないと思っていた。

 

 

好きな人と付き合ってなかったと判明したあとに出会ったのが岸くんという人間だった。彼は私の2歳年上で、今までそういう関係性になった人間の中では2番目くらいに年齢が近かった(1番は中学生のとき塾が一緒だった颯くん)。

 

そういう関係、というのはまともではない恋愛関係も含んでいて、その中でも岸くんとはまともな恋愛関係だった気がする。恋愛関係というか恋人という既存の枠の中にうまく入れていただけというか、facebookのステータスを交際中にしていただけというか、ただただ形として恋人がいることを他人に見せられた。

 

それが私にとっては貴重な体験だった。

そう思えるほどまともではない恋愛関係ばかりの人生だったから。

 

私と誰かの関係性を他人に見せたい、アピールしたい、他人に知っておいてもらうことで関係性を強力なものにしたかった。

 

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私は大学生のころやたらと出会い系サイトにハマっていて、初めて会った人とセックスすることを厭わなかったし、自ら若い女として男に消費されることを望んでいた。それくらい実家に帰ることがつらく、私のことを愛してもいないただの性欲目的の他人からでさえ抱きしめられると涙が出るほど幸せだった。

 

そんな人間が、岸くんと出会ってからというもの、頻繁に互いの家を行き来することになり、「手料理を食べたい」とねだられ、一緒にディズニーに行ってくれるとなると、これまでやりたくてもやれなかった"普通のお付き合い"が実現されていくようでとても嬉しかった。私もこういう普通のデートがしたかったんだ、友人のインスタグラムを見ては嫉妬する日々からいい加減卒業したいという思いが強かった。(本当か?)

 

 

こういう感情・執着は一度口に含んで舐めだすと美味しくてずっと飲み込めない。

  

 

岸くんはブランド物をくれそうな人間だった。

 

精神が邪悪。

 

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岸くんは出会った当初から配慮の人で、寒くない?痛くない?喉乾いた?休憩する?とよく確認をしてくれた。そんな人これまでいなかった。エスコートをしてくれる人はいたけど、それは私が女だからであって、私自身に対しての配慮ではなかったような気がする。私の身体を使って自慰をするような人ばかり、またはそんなつもりはなくても私が我慢してることを言い出せず勝手につらくなって終わった。岸くんと私は明らかに育ちや性格、価値観が異なる人間同士だったので頻繁に違和感を感じることもあったが、その都度、ないしは後からでも私は違和感を感じたと表明するようにしていた。

 

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違和感の話。

 

例えば、「活動休止前の嵐のライブチケットが当たった!」と言うと「めっちゃすごいじゃん!ヤフオク出したい(笑)」と言われたり、「ディズニーシーの餃子ドッグ美味しいんだよ!写真見て!」「えっ芋虫みたいで美味しくなさそう」、私の行きつけの喫茶店に連れて行って支払いの際にカードを出したところ、自分がPayPayの残金を使い切りたいからと私のカードを下げさせた挙句支払いに手間取り店員が困った顔をしていた。

 

 

カウンター席しかなく予約しないと入れないような人気店。彼が行きたいと言うから私が予約をしたのに(行きたいというなら自分で予約くらいしろ!)、注文したものが出てくるまでiPhoneで野球を見ていることもあった。そのときは不快に思いつつも直接言うことができなくて、少し経ってからやっぱり私はあのときすごく嫌な気持ちになったんだとキレてしまった。

 

そのときは、「きみが嫌ならやめる」と言われたけれど、そうではなくて、食事を作ってくれている人、サービスを提供してくれているお店の人に失礼なのだということは自分で気づくべきだと思ってあまり強くは言えなかった。そういうデリカシーのなさ、失礼さ、というものにあまりに無頓着だった。そして私は周りの目を気にしすぎていた。マナーとか常識とかを押し付けすぎだったのかな。マナーとは一体何だろう。

 

文字にしてみると「いや、普通にデリカシーのない人なのでは?」と思うのだけれど、好きだったから、自分がすり減るのことに痛みを感じつつもその場では笑っていた。少し前のブログでも書いたけど、感情が遅延してくるタイプなのでその場ですぐ言うことなんてできない。あとから不快感を表明するばかりだった。

 

彼が私に抱いていた違和感についてももっとちゃんと知りたかった。

 

不機嫌になられても何がいけなかったのか分からないときがあるからちゃんと言葉で言ってくれと言われたこと。

 

岸くんと付き合いだしたのは彼がフリーで働き出したころで、私が一人3000円~くらいするお店にばかり行きたいと言うと、「今は仕事を頑張りたいし、お金を使いたくない時期なんだよね」と言われたこと。なのでショッピングモールの中にあるようなお店で食事をした。お金を稼いで貯蓄がたくさんあることと、お金を節約して貯蓄がたくさんあることは違うんだと思った。

 

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価値観が合わない話。

 

結局食事の価値観が合う人と食事に行くのが良いという学びがあった。

例の好きだけど付き合ってなかった人から、外食は美味しいということを学んだ。

私はお酒が飲めないけれど、日本酒がたくさんあるような小料理屋で食べるご飯がとても美味しいということを知ってしまった。本当に野毛は最高。

 

岸くんとショッピングモールの中に入っているオムライス屋さんに行って、びっくりするくらい味がしなくて食べることが死ぬほど苦痛だった日もあった。お金はいくらでも出すから美味しいご飯を食べたい、それだけ。奢ってもらいたいとかない、寧ろ全然出す。だけど、先も書いたようにお店の中で食べログ開いて「ここが3.3か〜」発言はつらい。

 

 

 

 絶望を知らない、そして他人の悪意を知らない人間だったように思う。

 

おしまいのきっかけは、彼が待ち合わせ時間に早く着きすぎることだった。

 

 

強い女友達ばかりと付き合っていると口調も強くなりがちなんだけど(突然の言い訳)、上記ツイートのような「は!?」という反応は怖いと言われた。

インターネットの人からは『そんな言い方したらビクッとするに決まってんだろ』、『「言われてた予定よりも早く到着されると私も色々予定してたのに狂っちゃうから次からオンタイムで行動して」的な風に伝えるか「わかった。じゃあ私は17時まで予定あるから時間つぶしてて」と伝える』とアドバイス(?)を受けた。

 

なるほどと思い、2回目は「私にも予定があるし、急に言われても迎えにいけないから、次からはもっと早くに言って」と伝えた。そうすると「電車乗るときには連絡したんだけど」「早く会いたいから急いだつもりだったんだけど」と言われてズーンとなってしまった。そもそもお互いの家がまあまあ近いから電車に乗るときに連絡したところで遅いし、早く会いたいからと言われてしまうともう何も言えない。

 

そこで気づく。私はこの人のことが好きじゃないかもしれない。

 

なんだかんだその日も私の家に来て仲直り的な場が設けられたが、私が迎えに行った際の態度が溜息だの「疲れた」だの言ってたらしく、それを責められた。「じゃあもう一緒にいるときは溜息もつかないし疲れたなんて言わないから」と面倒くさい女に成り下がると「うん」と頷くだけだった。「これでいい?」「もうこの話はおしまい!」と場が終了してから、男は私の頭を撫で抱きしめキスをしようとしてきたのがとても気持ち悪かった。

 

 

おかしくて仕方がなかった。なんでこの状況で性欲を他人に翳せるんだよ。それで、私がなんか一言言ったくらいで簡単に身を引くの、なんなんだよそれ。お前には私をねじ伏せるくらいの力があるんだから力づくで抱くこともできたのに、それをせずさっと身を引くところが嫌だった。そういう優しさみたいなものが、すごく居心地悪かった。セックスを受け入れない私がまるで悪いみたいな、好きではないと気づかされているような気がしたから。

それで沈黙のスマホいじりの時間だけが過ぎて岸くんは帰った。おしまい。

 

その後、他の男の人に「喧嘩したあと仲直りするためにどうしてますか?」と聞いたら「そりゃセックスだろ」と返されて少し泣いた。

 

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ところで、岸くんはマルチをやっていた。マルチではないと言いつつマルチだった(多分)。私の家で実験を見せられ「感想は?」と聞かれ何も言えなかった。怖かった。

 

ボディーソープと塩(汗か海水というテイだった気がする)を混ぜ、市販のは塩と混ざると固まって塩化ビニールになるから、普段利用しているボディソープは身体に悪いんだよと言われる。

肌は弱酸性なのに市販の石鹸はアルカリ性だから身体によくないんだよ、うちの商品だけ弱酸性だから安全なんだよと私の腕をリトマス試験紙にして実験を見せられる。

常在菌が、活性炭素が、真皮が、ターンオーバーが、など色々言われたけどよく分からなかった。突っ込まれることを前提としていない、習得した売り文句。話し方がすごく上手だった。

 

私は何年間も化粧をして自分の肌に合った化粧品というのを探してきたけど、お前普段化粧しないくせにファンデーションとか何とか言うな、というのが純粋な感想だった。

 

私は過去にアムウェイに勧誘されてすごく怖い思いをしたから、正直いまの段階で信じることはできないと伝えても、「商品は本当に良いものだから少しずつ分かってくれたら嬉しい!」と返される。その明るさというか純粋さが怖い。

 

上記のような実験を通して客が商品を買い、リピートし続ける限りは何もしなくても自分にインセンティブが入ると言っていた。言いたいことは分かるけど、その売り方って変だよね?。怖くて検索する手を止められず、色々な記事を漁るうちに、結局マルチで儲け続けることは難しいから、いつか大損するなり破綻するなり人間関係が全て立ち消えるなどしていつか終わりは来るのだろうと思った。その終わりの先に続く道がプラスであれマイナスであれ終わりは来るし、私はただの他人。

 

 

マルチ、目を覚ますためには時間と誠実さでやっていくしかないんだと人に言われて、私はそれに耐えられるのか?耐える意味があるのか?根気強く接した先に報われる何かがあるのか?と結局自分のことばかりを考えていた。なんとなく岸くんは悪い人間ではないので伸びしろがある気がしていたし30代になったらもっと魅力的な人間になるような気がする。一年後くらいに近況を聞きたいくらいの距離感に今はいる。

 

 

 

悪い人間ではないと思う理由はこういうところにあって、良くも悪くも先入観や偏見がないところがすごくよかった。今まで年上の人間とばかり関係を繋いできたからもうすでに固まってしまって動かない価値観や、何も不思議と思わない純粋な差別意識とか、そういうところが少ないのがよかった。

 

ただ供養のつもりで6000文字書いていたけれど、1ヶ月経ってもいないのに過去形で書けることに驚いた。もう私の中で過去のことになっているんだと気づけた。

 

好きではない部分もあったけど、好きだった部分も確かにあった。

でもあのとき「私はこの人のことが好きじゃないかもしれない」と思い至った瞬間も確かにあった。

 

今週のお題「2019年上半期」