「生きててよかったなって思うときってどんなとき?」
運転席からそんな質問をされたとき私は咄嗟に答えることができなかった。戸惑いを隠すようにして助手席から景色を見る。眼前には海が広がっていて、太陽に照らされたそれはきらきらと光っていた。
生きててよかったなと日常生活で感じたことなど一回も無い。
「行きたい会社から内定もらったときかな」と最近一番嬉しかったことを答えてみたけれど、彼は「そういうのじゃなくて」と言ってくる。おそらくは外的要因ではなく内的要因から来る「生きててよかった」を尋ねている。改めて考えてみてもそんなふうに感じる瞬間が何も浮かんでこないのでその旨を正直に告げると「色々あるでしょ、たとえば…」と例を挙げていたが、どうしても私にはそれが「生きててよかった」と感じるほどの代物には思えなかった。
久しぶりにドライブをする。運転してくれている人は普段は厩務員(きゅうむいん)の仕事をしている伊勢谷友介似の人。かっこいい。厩務員とは競馬の馬を育てる人のことで、「人間も馬も接し方は同じ」と言うのが口癖でそう言われるたびに「人間と馬は違うでしょ」という気持ちになるが黙っておく。
先日、内定祝いということで温泉旅行に連れてってもらった。熱海のほうに行くのは幼少期以来のことだったのでとても楽しみにしていた。
私の家の最寄り駅まで迎えにきてくれて、助手席に乗り込んだ瞬間「あっ白かぶりだ、白を着る人間は心が汚れてるって言うからね~」と私の着ているYシャツと彼が着ているポロシャツを指して笑っていた。「夏なんだから余計白なんて一番着やすい色じゃん」と言ってもいやいやと口角をあげながら否定してくるのがおかしくてつい笑ってしまった。
平日に行ったため、海沿いを走る熱海ビーチラインは車の数も多くなく、しかもこれ以上ないくらいの快晴だったので海がすごくきれいに見えた。釣りをしている人や海岸を均しているブルドーザー、あと船。
途中お昼ご飯で食べた鱧天冷やし蕎麦南高梅が本当においしかった…。
昨日はじめて塩で天ぷらをたべた いつも天つゆで食べるしそもそも天ぷらがあんまり好きじゃなかったんだけど、塩で食べたらすっごくおいしくて こんなにおいしいんだと思って素直に感激した
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月16日
旅館に行く前にコンビニに寄ったんだけど、伊勢谷がやたら買い込むので「そんなにいらないでしょ~」とカゴの中をのぞきこみながら言ったら「夜は長いんだから」と弾む声で答えてたのがかわいかった。私だって今回の旅行はすごく楽しみにしていて、旅館がもう目前ということもあってかめちゃくちゃにワクワクした。跳びあがりそうになるくらいには楽しみだった。
旅館に着いて、露天付き客室と部屋から見える景色に感激した。仲居さんが「あちらに見えるのが初島でこちらは大島です」と説明してくれている間も飽きることなく景色を見て早速温泉に入って、もうその時点で幸福感がすごかった。最高でした…。
夜ご飯がこれ。
美味しいに決まってるんだわ。カサゴの丸焼きとか鮎の塩焼きとかデザートもおいしくて、ボリュームもすごくて食べるのが大変だった。
仲居さんに「今だから言いますけど、彼女さんはずいぶん若いのに男性は少し年上で、結構歳離れてるんだなあって裏で話してたんですよ」「彼女さんはおとなしそうなのにあなたがサングラスかけて帽子かぶってるから…でももう1人の仲居に『世の中そういうものよね』って言われたんですよ」って言われた
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月16日
ごはんも「これ残ってますよ おいしいから食べて」ってめちゃくちゃにボリュームあってお腹いっぱいなのに口に詰め込まされて それでもおいしいし あそこまで明け透けな仲居さんもなかなかいないし楽しかったな
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月16日
相手にも「魚の食べ方がきれいな女はいいな」って言われたし仲居さんにも「あら上手に食べて」って言われたのでにこにこした
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月16日
担当してくれた仲居さんが私たちの年齢を聞いてきたり、裏でこういうこと話してたんですよ、とかこれおいしいから食べて、ってすごい言ってくる人だったのがなんというか物珍しくていっそここまで近い距離感で接してくれると潔くて好きだなと思ってしまうのでした。ご飯がおいしすぎた。おつくりおいしかった。
旅館に行く前に 「夜は長いんだから買い込まないと」ってコンビニでたくさん夜食を買ったけど 夜ごはんのボリュームがすごかったことと満足感の高さに結局ほとんど夜食は食べないで 夜は悩みを聞いてもらったり ひとつのスマホでお笑いを見て笑ったりした
— 赤埜よなか (@_ynk) 2016年6月16日
夜ご飯を食べ終わったあと、仲居さんともう一人男の人が布団を敷きにきてくれたんだけど、その手際のよさについ見とれてしまった。ああいうときどうしていればいいのか分からなかったので突っ立ってその様子を眺めていたんだけど本当にささっと布団を敷いて「ごゆっくり」と頭を下げて下がった仲居さんが、さっきまでガンガン話してきた人とは思えなくておもしろかった。あとやたら用意してくれたお水がおいしくてめちゃくちゃ飲んだ。「水素水なんじゃないの?」「やめて!」
電気を消して悩み事やら恋愛のことなどを話していたら気持ちが暗くなってしまったので二人でスマホを覗き込みながらお笑いの動画を見た。
「さっきも言ったけど、おいしいご飯たべて温泉入って笑って、ってこういうときに生きててよかったな~って思うんだよね」という言葉を聞いて初めて私にもこれが「生きててよかったと思う瞬間なのか」と感じた。内定もらったときより全然嬉しいし幸福でしかなかった。どうしようもなく幸せで泣きそうになるほど充足していてこのまま今日が終わらなければいいのにと思う気持ちがこれか、と思った。
結局深夜までごろごろしていて「先に寝たほうが負けね」と言いつつ二人して同じようなタイミングで寝てしまったのでどっちも負け。
朝ごはんも魚介類がたくさん出てきて、これまたボリュームがすごくて、それでもなんとなく良い感じの満腹感でふしぎだった。
「おれは何事も楽しみたい人間なんだよ」「いまの自分の中身だけ持って大学生に戻りたい」「すぐ検索するより、あから順に探していったほうが答えが見つかったときの達成感があるでしょ」「『他人だから違う』を理解できない人のことを理解できない」「冷たい人間だと思う?」
色んなことを言っていた。どことなく孤独を感じさせながらも人生を楽しんでいる彼のことがとても魅力的に見えた。
また熱海ビーチラインを通って現実に戻ってきて、別れ際に電気グルーヴの『電気ビリビリ』が流れていたのがやけに印象に残っている。